キリスト

とりなしの祈り

15日: 神と一となり、神で構成され、神を生きるように祈る

わたしたちは神の選ばれ、贖われ、再生された民として、神と一であるべきです。聖書の基本的な原則とは、神はご自身のエコノミーにおいて、ご自身を人と一にし、人を神と一にするということです。神が願われるのは、神聖な命と人の命が共に結合されて一つの命...
とりなしの祈り

14日: 日常生活で神の人、神の代行、代理の神として振る舞うように祈る

サムエルは神を代行し、地上で神の民を支配しました。サムエルはそのような者として、代理の神でした。サムエルが代理の神となることができたのは、彼の存在と神の心とが一であったからです。サムエルは神の心にかなう人、すなわち、神の心の複写、複製でした...
とりなしの祈り

12日: キリストを甘く喜ばしい預言者として経験するように祈る

エリシャが予表するのは、キリストが命の中で恵みの奇跡を行なうということです。旧約の予表と型との成就において、キリストは真のエリシャです。主イエスは真のエリシャとして、甘く喜ばしい預言者、すなわち、祝福の預言者です(列王下4:9.ルカ7:12...
とりなしの祈り

11日: 勝利者になるという決意をするように祈る

この現在の時代は勝利者の時代であり、この現在の時代の務めは現在の時代の奉仕者を通して、勝利者に対する主の召しを発します(永遠のビジョンを見て、永遠の命を生き、永遠の働きを行なう者―これは、神の究極の目標を見て、新エルサレムを生かし出し成し遂...
とりなしの祈り

10日: 信仰の霊を活用するように祈る

この世に勝利する道は、わたしたちの信仰の霊を活用して、神の言葉を信じ、神の言葉にしたがって行動し、彼の言葉を遂行した結果をわたしたちが受けると信じることです。エリコが陥落したのは、イスラエル人が神の言葉に依り頼み、彼らの地位に堅く立つことに...
とりなしの祈り

9日: 御名を呼び求め献身するように祈る

創世記第12章8節によれば、ベテルは、アブラハムが祭壇を築いた場所、神との交わりと交流の場所です。ベテルは、わたしたちが自分自身を神にささげ、完全に彼に明け渡してこの世に勝利する場所です。「アブラハムは、エジプトから出て、ベテルに戻って来ま...
とりなしの祈り

8日: エリヤのように「祈りの中で祈る」学課を学ぶように祈る

エリヤが「熱心に」祈ったことは、文字どおりには、彼が「祈りの中で祈った」ことを意味します。「わたしはこれが好きです。『祈りの中で祈った』は文字どおりの訳です」。これが示しているのは、主からの祈りがエリヤに与えられ、その祈りの中で彼が祈ったと...
とりなしの祈り

6日: イスラエルの歴史全体が召会の予表であることを見るように祈る

イスラエルの歴史全体は、召会の予表です。パウロはイスラエルの子たちの歴史を新約の召会生活に適用しています。「これは非常に明確であると思います。パウロは予表を適用することで本当に熟練していました。コリント人への第一の手紙第10章で、彼はこれを...
とりなしの祈り

4日: 宮が神のエコノミーの完成と関係があることを見るように祈る

ソロモンと彼が建てた宮は、イスラエルの歴史の中で強力な役割を果たし、このような歴史において広大な領域を占めているので、ソロモンと彼が建てた宮は旧約において、予表の方法で、イスラエルの歴史が神の永遠のエコノミーを完成することと大いに関係がある...
とりなしの祈り

3日: 列王紀上、下における内在的な啓示を見るように祈る

一見すると、列王紀上、下はイスラエルの王たちの歴史です。実は、列王紀上、下は神の霊の霊感の下で、神の永遠のエコノミーと関係がある方法で書かれました。「これは最初の標語の一部です。神のエコノミーは完全にキリストと関係があります。キリストが中心...
タイトルとURLをコピーしました