7日: 霊に触れるように祈る

とりなしの祈り

究極的に完成された霊は、キリストの中で、肉体と成ること、人の生活、十字架、復活の手順を経過した三一の神です。すばらしい領域において、究極的に完成された、すべてを含む霊は、無尽蔵で、計り知れません。その中にいることによって学びます。出たり入ったりするでしょう。神聖で奥義的な領域の中にいたり、物質の領域の中にいたりします。語りながら学んでいます。わたしもそうでありたいのです。彼の所に、学ぶ者として来て、それぞれ異なるステージにおいて、触れます。自分の孫に、わたしが経過した事を自慢したりしません。あるがまま、彼らを愛します。それぞれの段階において、満足してください。ただその段階において供給されてください。享受して経験してください(ヨハネ7:37-39)。

[2023年7月定期訓練 メッセージ2]

 

ヨハネ7:37

祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って叫んで言われた、「だれでも渇く者は、わたしに来て飲むがよい。

 

ヨハネ7:38

わたしの中へと信じる者は、聖書が言っているように、その人の最も内なる所から、生ける水の川々が流れ出る」。

 

ヨハネ7:39

イエスはこれを、彼の中へと信じる者たちが受けようとしているその霊について言われたのである.まだイエスの栄光が現されていなかったので、その霊はまだなかったからである。

タイトルとURLをコピーしました