とりなしの祈り

29日: 堅固な実際を得るように祈る

ニー兄弟はこう言いました、「堅固なものを求めています。教理ではありません。秘訣は、その人の語りかけの背後に堅固な実際があるかどうかです。教理だけあってはなりません。教理の背後に実際があるものだけが、働きです。教理と働きとは違います」。今日、...
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28日: 活動する神と協力するように祈る

わたしたちは魂において一であるために、わたしたち自身の救いを成し遂げる必要があります。それは、内側で活力を与える神と協力することによってです。この神は、わたしたちの内で活動し、「神の大いなる喜びのために、願わせ働かせ」ます(ピリピ2:11-...
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27日: キリストの内側の各部分において一であるように祈る

わたしたちは魂において一であるために、キリストの感情、すなわち彼の「内側の各部分(心の深み)」(彼の内側の愛情、優しいあわれみ、同情を表徴する)において、キリストと一である必要があります(ピリピ1:6-8)。 ピリピ1:6 わたしは、あなた...
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26日: 一つの事を思うように祈る

わたしたちは魂において一であるために、一つの事を思う必要があります。ピリピ人への手紙における「一つの事」とは、キリストに対する主観的な認識と経験と享受を指しています。「一つの事」とは、キリストを追い求めて、彼を獲得し、彼を捕らえ、彼を所有す...
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25日: 主を絶対的に享受するように祈る

神を尋ね求める者に対する神の意図は、彼らがキリストの中にあらゆるものを見いだし、彼ご自身を絶対的に享受することからそらされないことです。神のエコノミーにおける神の究極の願いは、わたしたちがキリストを生き、キリストを大きく表現し、キリストを獲...
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24日: 徹底的な会話を主と持つように祈る

わたしたちが認識すべきなのは、主との徹底的な会話を持ち、自分の心を彼に注ぎ出すとき、わたしたちと主との親密さがさらに一段階進み、彼をさらに少し知るということです。これらの時の彼との親密な接触は、わたしたちと彼との通常の交わりより何百倍も良い...
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23日: 最上の聞き手である主に開くように祈る

わたしたちは、悲しみ、意気消沈、失望の状態にいるかもしれません。わたしたちは自分の問題を主にもたらし、それについて彼に告げるべきです。彼は最上の聞き手です。彼はわたしたちの感情を知っており、わたしたちの心に同情します。彼はわたしたちを慰め、...
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22日: 安息である主に祈って触れるように祈る

平安の神は、キリストにあるわたしたちの心と思考の前を巡回して、わたしたちを落ち着かせ、静めてくださいます(参照、イザヤ30:15前半)。わたしたちは思い煩いのない生活をしようとするなら、わたしたちのすべての環境が、良くても悪くても、神によっ...
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21日: 交わりによって平安を享受するように祈る

祈りの中で神との交わりを実行した結果は、わたしたちが神の平安を享受することです。神の平安は実際上、平安としての神であり(9節)、わたしたちが祈りによって彼と交わることを通して、悩みの均衡をとる重り、思い煩いの抗毒剤として、わたしたちの中へと...
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20日: 問題に近づくのではなく、「神に」近づくように祈る

「神に」は、ある方向の動作を示し、生ける結合と交流の意味であり、交わりを暗示します。ですから、ここの「神に」の意味は、「神との交わりの中で」ということです。「神に」のギリシャ語は、「近づく」という意味があります。他の言語よりも豊かです。最終...
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