22日: 安息である主に祈って触れるように祈る

とりなしの祈り

平安の神は、キリストにあるわたしたちの心と思考の前を巡回して、わたしたちを落ち着かせ、静めてくださいます(参照、イザヤ30:15前半)。わたしたちは思い煩いのない生活をしようとするなら、わたしたちのすべての環境が、良くても悪くても、神によって定められたものであって、わたしたちがキリストを獲得し、キリストを生き、キリストを大きく表現するという定めを成就させることを、認識する必要があります(Ⅱコリント4:15-18)。

[2023年5月 メモリアルデー特別集会 メッセージ2]

 

イザヤ30:15

まことに、主エホバ、イスラエルの聖なる方はこう言われる、「立ち返って安息するなら、あなたがたは救われる.落ち着いて信頼することの中に、あなたがたの力がある」.しかし、あなたがたはそうしないで

 

Ⅱコリ4:16

こういうわけで、わたしたちは落胆しません.それどころか、わたしたちの外なる人が朽ちていっても、わたしたちの内なる人は、日ごとに新しくされていきます。

 

Ⅱコリ4:17

なぜなら、わたしたちの受けるつかの間の軽い患難は、ますます卓越した永遠の重い栄光を、わたしたちにもたらすからです.

 

Ⅱコリ4:18

わたしたちは見えるものにではなく、見えないものに目をとめます.なぜなら、見えるものは一時的ですが、見えないものは永遠であるからです。

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