2021-11

とりなしの祈り

20日: 霊の新しさの中で仕えるように祈る

わたしたちの生活にも奉仕にも、古さがあってはいけません。わたしたちの奉仕に関して、わたしたちには律法と文字との古さではなく、霊の新しさがあるべきです。わたしたちはパウロのように、わたしたちの再生された霊の中で、内住するキリスト、すなわち命を...
とりなしの祈り

19日: 命の新しさの中を歩くように祈る

命の新しさの中を歩くとは、復活の領域の中を生き、命の中で王として支配することを意味します。命の新しさの中を歩くとは、わたしたちが完全に造り変えられて、キリストのかたちに同形化されるまで、わたしたちの中にあるアダムに属するすべてを取り扱う生活...
日ごとのパン

11月19日 日ごとのパン

ローマ8:2, 2節のノート1, 4 「なぜなら、命の霊の法則が、キリスト・イエスの中で、罪と死の法則から、わたしを解放したからです」。 サタンも神も、わたしたちの中に入って、わたしたちの中に住んだ後、外側の客観的な活動によってではなく、内...
日ごとのパン

11月18日 日ごとのパン

へブル11:1, 1節のノート3, 5 「さて信仰とは、望んでいる事柄を実体化することであり、見ていない事柄を確認することです」。 未信者は、キリストがなく、望みがありません(エペソ二・十二、Ⅰテサロニケ四・十三)。しかしわたしたち、キリス...
とりなしの祈り

18日: 神の友として神に祈り、神の民のためにとりなすように祈る

最上の祈りは、友として神に祈ることです。アブラハムは神の友でした。創世記第18章で、天の神はご自身を低くして、アブラハムの友となりました。アブラハムが神の御前でなした栄光のとりなしは、二人の友の間にある人性の、親密な会話であり、神の心の願い...
日ごとのパン

11月17日 日ごとのパン

マタイ5:17-18, 17節のノート2 「わたしが律法や預言者を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するためではなく、成就するために来たのである。まことに、わたしはあなたがたに言う。天地が過ぎ去るまで、律法の一点一画も決して過ぎ去る...
とりなしの祈り

17日: 悪しき者どもの邪悪な状態に陥らないように祈る

イザヤ書第57章は、悪しき者どもの邪悪な状態について語っています。このフットノートは言います、「悪しき者どもの邪悪な状態は、彼らが主に来て、主を食べ享受しないことです。彼らは多くの事を行ないますが、来て主に触れ、彼を取り、彼を受け、彼を味わ...
とりなしの祈り

16日: 自分の本当の状態で神に祈り、神を吸収するように祈る

わたしたちは、自分の状態を顧慮するのではなく、神を仰ぎ望み、神を見つめ、神を賛美し、神に感謝をささげ、神を礼拝し、神を吸収することによって、神の臨在の中へと入って神と接触する必要があります。そうすればわたしたちは、神の豊富を享受し、神の甘さ...
日ごとのパン

11月16日 日ごとのパン

ピリピ1:9-11, 9節のノート1, 2, 11節のノート1 「ですから、わたしはこう祈ります。あなたがたの愛が、全き知識とあらゆる識別力において、なお一層あふれ、あなたがたが、真にすぐれた事柄を識別することができ、純粋で非難されるところ...
日ごとのパン

11月15日 日ごとのパン

マタイ5:2, 8, 8節のノート1, 2 「彼は口を開き、彼らを教えて言われた……心の純粋な人たちは幸いである。彼らは神を見るからである」。 「心の純粋な」とは、目的が単一であること、神のみこころを達成して神に栄光を帰すというただ一つの目...
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