18日: 神の友として神に祈り、神の民のためにとりなすように祈る

とりなしの祈り

最上の祈りは、友として神に祈ることです。アブラハムは神の友でした。創世記第18章で、天の神はご自身を低くして、アブラハムの友となりました。アブラハムが神の御前でなした栄光のとりなしは、二人の友の間にある人性の、親密な会話であり、神の心の願いを明らかにすることにしたがった親密な語りかけでした。一見すると、アブラハムはソドムのためにとりなしていました。実は、彼は暗にロトのためにとりなしたのです。これが示しているのは、わたしたちはこの世に陥った神の民のためにとりなすべきであるということです(創14:12.18:23.19:1,27-29)。

[2021年10月国際長老責任者訓練 メッセージ4 アウトラインより]

 

創14:12

また、彼らはアブラムの甥ロトと彼の財産をも奪って去った.ロトはソドムに住んでいたからである。

 

創18:23

そして、アブラハムは近づいて言った、「まことに、あなたは義人を悪人と一緒に滅ぼされるのですか?

 

創19:1

それから、その二人の御使いは夕暮れにソドムに着いた.ロトはソドムの城門の所に座っていた。ロトは彼らを見ると、立ち上がって彼らを迎え、顔を地に付けてひれ伏した。

 

創19:27

アブラハムは朝早く起き、かつてエホバの御前に立った場所に行った。

 

創19:28

彼はソドムとゴモラ、また平地の全地を見下ろした。すると見よ、かまどの煙のようにその地の煙が立ち昇っていた。

 

創19:29

このようにして、神が平地の町々を滅ぼした時、神はアブラハムを覚え、ロトが住んでいた町々を崩壊させた時、その崩壊の中からロトを救い出された。

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