5月28日 日ごとのパン

dailyfood01 日ごとのパン

マルコ14:36, 36節のノート1

「彼は言われた、『アバ父よ、あなたにはすべての事が可能です。この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしのこころのままではなく、あなたのみこころのままになさってください』」。

三一の神は永遠の過去、彼の永遠の目的を成就するために(エペソ一・七―九)、彼の神聖なご計画の中で、神聖な三一の第二が、受肉し、十字架上で死んで、彼の永遠の贖いを完成することを定められました。ですから、神聖な三一の第二は、世の基の置かれる前、すなわち永遠の過去(Ⅰペテロ一・十九―二〇)、神の小羊となるように定められました(ヨハネ一・二九)。神の目に、彼は神の小羊として、世の基が置かれた時から、すなわち、神の堕落した被造物が創造された時から、ほふられていました(啓十三・八)。人が堕落してから、小羊、羊、子牛、雄牛が、神の選びの民のために、予表として用いられました(創三・二一、四・四、八・二〇、二二・十三、出十二・三―八、レビ一・二)。それらは、神があらかじめ定められた、真の小羊としての来たるべき方を示しています。時が満ちて、三一の神は、神聖な三一の第二である神の御子を遣わし、受肉において人の体を取って来られました(ヘブル十・五)。それは、彼が十字架上で神にささげられて(九・十四、十・十二)、三一の神のみこころを行なうためでした(十・七)。すなわち、予表としての供え物とささげ物を、唯一の供え物とささげ物としての人性における彼ご自身に置き換え、神の選びの民を聖別するためでした(九―十節)。ここで、彼は十字架を目前にした祈りの中で、十字架の杯を飲むようにご自身を準備し(マタイ二六・三九、四二)、三一の神の永遠のご計画を成就するために、御父の唯一のみこころを進んで行なうことを願われました。

<抜粋>パンと魚

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