27日: 心を適切に取り扱うように祈る

とりなしの祈り

心は、命の入り口と出口であり、命の「スイッチ」です。もし心が正しくなければ、霊の中の命は妨げを受け、命の法則は自由に妨げなしに働くことができず、わたしたちの存在の各部分に到達することができません。命は大きな力を持っていますが、この大きな力はわたしたちの小さな心によって制御されます(箴4:23.マタイ12:33-37)。

[2023年11月サンクスギビング特別集会 メッセージ3]

 

箴4:23

何ものにもまさってあなたの心を見守れ.そこから命の流れが出てくるからである。

 

マタイ12:33

木を良いとするなら、その実も良いとし、木を腐ったものとするなら、その実も腐ったものとしなさい.木はその実によって知られるのである。

 

マタイ12:34

まむしの子らよ、あなたがたは邪悪であるのに、どうして善いことを語ることができようか? なぜなら、心に満ちているものを、口が語るからである。

 

マタイ12:35

善い人は善い倉から善いものを取り出し、悪い人は悪い倉から悪いものを取り出す。

 

マタイ12:36

わたしはまたあなたがたに言う.人は自分が語るすべての無益な言葉について、裁きの日に言い開きをしなければならない。

 

マタイ12:37

というのは、あなたは自分の言によって義とされ、自分の言によって罪に定められるからである」。

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