9日: 主の再来への正しい応答を持つよう祈る(5)

dailyprayer04 とりなしの祈り

「主イエスよ、来たりませ!」は、聖書に記録された最後の祈りです。それは主の御前での信者の究極的な願いを表現しています。これはわたしたちが彼に対して持つべき態度です。これは主を待ち、主の出現を慕うすべての人の態度、願い、祈りであるべきです。どうかわたしたちの心が主の来臨を願い、わたしたちの態度が主の来臨に対して積極的でありますように。どうかわたしたちが切に願う心と絶対的な態度をもって「主イエスよ、来たりませ!」と祈ることができますように(啓22:17-20)。

[2023年2月国際華語特別集会 メッセージ1]

 

啓22:17

その霊と花嫁が言う、「来たりませ!」。聞く者も「来たりませ!」と言いなさい。渇いている者は来たれ.欲しい者は、命の水を値なしに飲むがよい」。

 

啓22:18

わたしは、この巻物の予言の言を聞くすべての者に証しする.もしだれでもそれに付け加えるなら、神はこの巻物に書き記されている災害を、その者に加える.

 

啓22:19

また、もしだれでもこの予言の巻物の言から何かを取り去るなら、神はこの巻物に書き記されている命の木から、また聖なる都から、その者の分を取り去る。

 

啓22:20

これらの事を証しする方が言われる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アーメン。主イエスよ、来たりませ!

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