11日: 命の原則にしたがって生活するように祈る

とりなしの祈り

わたしたちは命の原則にしたがって生活するために、命の内なる感覚に従う必要があります。命の感覚は主観的で、個人的で、実際的です。消極的な面で、命の感覚は死の感覚です。積極的な面で、命の感覚は命と平安の感覚であり、力、満足、安息、明るさ、心地よさの感覚を伴います。命の感覚の源は、神聖な命、命の法則、聖霊、わたしたちの中に住んでいるキリスト、わたしたちの内で活動する神です。命の感覚の機能は、天然の命の中で生きているか、それとも神聖な命の中で生きているかを知らせ、また肉の中で生きているか、それとも霊の中で生きているかを知らせます。わたしたちは自分自身を命の感覚の中へと祈り込み、その制御し、導き、方向づける要素の下で日ごとに生きる必要があります。わたしたちは霊にしたがって歩き、命の感覚に従うことをすればするほど、ますます命の原則にしたがって生きます(ローマ8:4, 6.ガラテヤ5:16-17.エペソ4:15)。

[2022年5月メモリアルデー特別集会 メッセージ2 アウトラインより]

 

ローマ8:4

それは律法の義の要求が、肉にしたがってではなく、霊にしたがって歩くわたしたちにおいて、満たされるためです。

 

ローマ8:6

肉に付けた思いは死ですが、霊に付けた思いは命と平安です。

 

ガラテヤ5:16

しかしわたしは言います.霊によって歩きなさい.そうすればあなたがたは、決して肉の欲を満たすことはありません。

 

ガラテヤ5:17

なぜなら、肉の欲することはその霊に逆らい、その霊は肉に逆らうからです.この両者は互いに敵対し、その結果、あなたがたは自分の欲する事柄を、行なうことができなくなります。

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