9月02日 日ごとのパン

dailyfood01 日ごとのパン

ヨハネ12:23-24, 24節のノート2

「イエスは彼らに答えて言われた、『人の子が栄光を受ける時が来た。まことに、まことに、わたしはあなたがたに言う。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。しかし、それが死んだなら、多くの実を結ぶ』」。

この「多くの実」は、復活におけるキリストの増し加わりとなりました。この増し加わりは、キリストが彼の死と復活を通して入って行かれた栄光です(ルカ二四・二六)。キリストは、神と共に栄光を持っておられました(ヨハネ十七・五)。彼の受肉は、彼の神聖な栄光を、彼の体の中に隠しました。彼の死と復活を通して、彼の栄光は解き放され、多くの麦粒を生み出し、それが彼の増し加わりとなって、彼の栄光を表現しました。この栄光の増し加わりの中で、神の御子、キリストは栄光を受けられます。こうして父なる神も、キリストが栄光を受けられること、すなわち、召会を通して完全に表現されることによって(エペソ三・十九―二一)、栄光を受けられます。この表現は、三一の神の一の中で維持される必要があります。キリストのこの栄光の増し加わりは、ヨハネによる福音書に啓示されている奥義の頂点であり、その究極の完成は、やはりヨハネによって書かれた啓示録にある新エルサレムです。新しい聖なる都は、歴代のキリストの増し加わりの集大成となり、その中でキリストの神聖な栄光は、極みまで表現されるでしょう。子なる神が栄光を受けられる時、父なる神も永遠無比の栄光を得られ、それは永遠における彼の完全な表現となるでしょう。こうして、彼の永遠のエコノミーは、永遠にわたって成就されます。

<抜粋>パンと魚

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