イエス

とりなしの祈り

2日: 正しい良心と純粋な良心を持つように祈る

わたしたちは、正しい良心を持つ必要があるだけでなく、純粋な良心も持つ必要があります。正しい良心とは、神と人に対してとがめのない良心です。純粋な良心とは、あらゆる混合からきよめられている良心です。そのような良心は、パウロと同じように、わたした...
とりなしの祈り

1日: 心と良心において 純粋であるように祈る

わたしたちは、心と良心と霊において純粋である必要があります。心の純粋な人たちは、神を見ます。心が純粋であるとは、目的において単一であること、神の栄光のために神のみこころを達成するという単一の目標を持つことです。純粋な心とは、主を唯一の目標と...
とりなしの祈り

27日: 霊が純粋であるように祈る

霊が純粋である人を見いだすのは、とても困難です。純粋さは、リーダーシップにおける必要条件であり、またわたしたちの奉仕の基本的な条件です。混合の問題は、働き人の間の最大の問題です。純粋でないことが、往々にして誤解と疑いとの源です(Ⅰテモテ3:...
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26日: バビロンの原則を憎むように祈る

バビロンとは、神の事物と偶像の事物との混合です。バビロンの原則とは、人の事物を神の御言と混合させ、また肉の事物をその霊の事物と混合させるという原則です。バビロンの一部であるものはすべて、神の目に忌むべきものです。バビロン的であるものはすべて...
とりなしの祈り

25日: 日本でも真理の夏季学校が実行されるように祈る

今日の多くのエズラは労苦して、真理をもって神の民を教育することによって、彼らを構成するべきです。それは、彼らが地上で神の証し、すなわち神の団体的な表現となるためです(ネヘミヤ8:13.Ⅱテモテ2:2,15.Ⅰテモテ3:15)。 ネヘミヤ8:...
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24日: 預言の集会が引き上げられ、兄弟姉妹の預言がおおいを取り除くこととなるように祈る

教えは啓示と等しく、啓示はおおいを開くことです。教えることは、おおいを取り去ることです。わたしたちは人を教えているとき、おおいを取り除いて、彼らが三一の神の何かを見ることができるようにすべきです。わたしたちが召会の集会で何かを語っているとき...
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23日: 若者たちが聖書と務めの書物に対する飢え渇きを持つように祈る

神の民を再構成するためには、神の口から出て来て、神を表現する言葉をもって、彼らを教育する必要がありました。神の民を再構成するとは、彼らを神の言葉の中へと入れ、言葉で浸透させることによって、教育することです。神の言葉がわたしたちの内側で働くと...
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21日: 務めの言葉を今の時代に合わせて適切に再び語るエズラが起こされるように祈る

エズラは、神に信頼する人であり、神と一である人であり、神の言葉に精通している人であり、神の心、神の渇望、神のエコノミーを知っている人でした。エズラは祭司の学者として、絶えず主と接触することによって主と一でした。エズラは新しいことを何も語りま...
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20日: 主との時間を費やして注入されるように祈る

特に新しい年へ変わる時に、時間を見つけ、時間を割き、時間を確保して、わたしたちの法理的な贖い主、また有機的な救い主の御前にいて、彼の目にわたしたちの内側で働きを行なっていただくようにと、わたしは特に励まします。あれやこれを行なうこと、ここや...
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19日: 命であるキリストを油として人に流し出すように祈る

わたしたちはみなオリブの木となって、わたしたち自身から神を空にして、他の人の中へと流し込むべきです。このようにして、神が流れ出るオリブの木である人たちによって、油は必要な人たちに供給されます。わたしたちが造り変えられつつあり、神聖な油、新鮮...
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