第8編 神の統治の下にあるクリスチャン生活(2020/4/5)

第28課 アンドリュー兄弟の2020年疫病期間のメッセージ集

3月31日、わたしたちは24時間/ 21日の世界的な祈りを実行しました。中国では、この祈りに加わった約85万人の聖徒がいました。中国国外では、東洋で運営されている6つのウェブサイトを通じて7341小グループとして登録した39,557人、および西洋で運営されているウェブサイトを通じて5273小グループとして登録した24,751人がいました。兄弟姉妹の総数は914,328人(12614グループ)であり、さらに参加したが登録しなかった人もいます。たとえば、11のウェブサイトに投稿された祈りの負担は、中国国外の100万人に達しました。主が成し遂げたことを主に感謝します! 参加されたすべての兄弟姉妹が継続して祈り続け、力強く進みますように。(詳細については、http://unceasinglypray.orgをご覧ください)。

 

冷静な思い

「しかし、すべてのものの終わりが近づきました。こういうわけで、冷静な思いでいなさい.また慎んで祈りなさい」(Ⅰペテロ4:7)。ダービー、ニー兄弟、リー兄弟はすべて、ペテロの第一の手紙と第二の手紙の両方の主題は、「神の統治の下にあるクリスチャン生活」であることをわたしたちに示しました。この統治は、死後または永遠のためだけのものではなく、特に現在のためのものです。パンデミックは現在世界中に広がっています。人類はこのような厳しい試練に直面したことはありません。これは神の管理です。新型コロナウイスルの発生だけでなく、環境問題、人口問題、難民問題、経済音大、国際紛争の問題にも直面しています。これらの問題はすべて解決策がありません。これは「すべてのものの終わりが近づいている」ことを示しています。今日、世界の指導者から一般市民まで、すべての人類は恐怖にさらされています。人々は未来について心配し始めました。上記の御言では、ペテロは聖徒たちに「冷静な思い」、つまり「健全な思いでいる」、「冷静な思いを伴っている」、「乱されることのない、正しく徹底的に物事を理解することができる」よう命じました(4:7のフットノート3)。そしてまた、「恐れ、心配、心遣いによって乱されることなく、神の救いにおけるエコノミーを認識することができる」ようにと命じました(Ⅰペテロ1:13のフットノート2)。これが、この疫病の挑戦に立ち向かうためのわたしたちの取るべき姿勢です。ある兄弟が言ったように、「この期間、ニュースを見る量を減らして、聖書をもっと読みましょう。心配を減らし、祈りを増やしましょう」。

 

冷静になって祈る

恐怖や不安のない静かで平穏な生活は、「祈りをささげる」ためです。祈りはクリスチャン生活の中心であり目的です。主はわたしたちに「目を覚まして祈る」よう求められました(Ⅰペテロ4:7のフットノート3)。このような祈りをするためには目を覚ましている必要があります。堅く祈り続けなければなりません。わたしたちはルーズであってはいけません。さもなければ、リラックスしているときに敵が突然攻撃してくる可能性があります。ウイルスが蔓延しているため、ほとんどの人は家にいる以外に選択肢がありません。心理学者は、人々が家族と一緒に定められた時間と場所で質の高い時間を過ごすことを勧めています。クリスチャンにとって、わたしたちは神に祈る時間と場所をより多く設定すべきです。わたしたちにとって、適切な生活を送ることは、単にわたしたちの心理的状態を管理することではなく、「祈りのため」です。邪魔されないのは、時間を贖うためだけでなく、「祈りのため」です。恐れがないことは積極的な思考の結果ではなく、目を覚まして「祈る」ことの結果です。

 

あなたがた自身の間で熱い愛を保つ

次に、8節には、「何よりもまず、あなたがた自身の間で熱い愛を保ちなさい」と書かれています。今日は、互いを愛し、互いを大切にすることを中心とする新しいモデルにしたがって召会生活を実行するすばらしい機会です。ギリシャ語で「互い」はἀλλήλωνで、ローマ人への手紙第12章(5、10、16節)で複数回使用され、真の召会生活を説明しています。それは、真の召会生活が「相互性」に集中していることを非常にはっきりと示しています。この家での隔離の期間中、わたしたちはお互いにつながり続け、互いに顧み、インターネットを通じて召会生活の新しいモデルを実行するために訓練する必要があります。この事柄は「何よりもまず」です。「神のさまざまな恵みの良い家令として」(10節)自分たちの間で神の言葉を供給し合いましょう。
次の章では、1節から4節までが召会の中の牧養について語っています。2節は、「あなたの中の神の群れを牧養しなさい」と言っています。ここでの「群れ」とは、原文の意味では、大きな群れを指すのではなく、「小さな群れ」、つまり、かなり少数の羊のグループを指します。つまり二、三人のグループを指します。今日、二、三人のオンラインのソーシャルな接触は、聖徒がこの有機的な牧養を実践するのに最適な環境を提供します。これらの「小さな群れ」は「バイタルグループ」を生み出します。長老たちはリードをとって、「群れの模範」になるべきであり、バイタルグループの聖徒たちを導くべきです。それからすべての兄弟姉妹は「同じように」互いを牧養するようになります。これは新約のモデルによると、本物の召会生活です。これが今日、神が定めた道です。

 

福音の宣べ伝え

危機の時、わたしたちは「神の力ある御手の下でへりくだり」、「謙そんの帯を締め」なければなりません。「不確かな富に望みを置く」ことができないことを人々に示す必要がありますが、彼らは神の大能の御手の下でへりくだり、神に立ち返るべきです。このようにして、彼らはこれらの困難な時代を乗り越えて、「時至って」神によって高く上げられます。わたしたちは、電話をかけ、テキストメッセージで他の人に聖書の御言葉を送り、積極的に人々と接触することによって、福音を宣べ伝え続けなければなりません。わたしたちは彼らに言うことができます、「あなたは『あなたがたの心配事をすべて、神に投げる』ことを実践することができます。なぜなら、神以外に、誰もあなたの不安を本当に和らげることのできる人はいないからです。人の一生は悩みの一生であり、全生涯を通じて悩みと心配事に満ちているからです」と語るべきです。

 

悪魔に抵抗する

その間、悪魔の働きがいくぶん優勢です。彼は人の体と魂を殺し、傷つけ、そして「吠ほえたける獅子のように、歩き回って、だれかを食い尽くそうと捜し求めています」。したがって、わたしたちは未信者のためだけでなく、聖徒のためにも、目を覚まして祈らなければなりません。どうか神がすべての人を悪から遠ざけるようにして、彼らが敵に食い尽くされないようにしてくださいますように。そして、わたしたちの主イエス・キリストの来臨の時に、彼らの霊、魂、体を完全に守ってくださいますように。どうかわたしたちが失われた多くの聖徒を回復し、わたしたちの祈りと顧みを通して、彼らをからだの交わりに連れ戻しますように。

 

すべての兄弟たちを思い出す

最後に、わたしたちは世界中の神の子供たちのために祈る必要があります。「この世にいるあなたがたの兄弟仲間も、同じ苦難にあずかっている」からです。特に、病気の人、困窮している人、苦痛を受けている人、それが物理的であれ、経済的であれ、心理的であれ、家族的な苦しみであれ、わたしたちは祈る必要があります。ペテロの第一の手紙第5章10節にしたがって祈る必要があります。彼らがしばらく苦しみを受けた後、主が彼らを成就し、堅固にし、力づけ、土台づけてくださることを経験することができますように。
神がこの特別な時期にさまざまな恵み、すべての恵み、真の恵みでわたしたちを強めてくださいますように。福音が絶え間なく広がり、聖徒たちが成就され、召会が建造されますように。「彼に栄光と大能が、永遠にわたってありますように。アーメン」(Ⅰペテロ5:11)

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