7月21日 とりな しの祈り

とりなしの祈り

21日:わたしたちの歩みにおいてキリストの死と復活を経験するように祈る

多くのクリスチャン、聖書研究者は、ヨルダン川を渡ることは肉体の死を予表しており、だれもがヨルダン川を渡って反対側、すなわち天国に行かなければならないと考えています。しかしヨルダンを渡った後、あなたはこれらすべての敵に直面することを認識していません。ですからヨルダン川を渡ることは、肉体的な死について言及しているのではなく、信者のキリストの死の経験を予表しています。ヨルダン川はキリストの死と復活を表徴し、イスラエル人がこの川を渡ることは、古い人が終結させられて葬られる、キリストの死の経験を表徴しています(ローマ6:3-6、ガラテヤ2:20)。

[2021年7月訓練 メッセージ3 ノートより]

 

ローマ6:3

それとも、キリスト・イエスの中へとバプテスマされたわたしたちはみな、彼の死の中へとバプテスマされたことを、あなたがたは知らないのですか?

 

ローマ6:4

こういうわけで、わたしたちは彼の死の中へとバプテスマされることを通して、彼と共に葬られたのです.それは、キリストが御父の栄光を通して死人の中から復活させられたように、わたしたちも命の新しさの中を歩くためです。

 

ローマ6:5

もしわたしたちが、彼の死の様の中で彼と結合して生長したなら、彼の復活の様の中でも彼と結合して生長するのです.

 

ローマ6:6

わたしたちは次のことを知っています.わたしたちの古い人が彼と共に十字架につけられたのは、罪の体が無効にされて、わたしたちがもはや、罪に奴隷として仕えることがないためです.

タイトルとURLをコピーしました