5月23日 とりなしの祈り

dailyprayers05 とりなしの祈り

23日:召会は枠組みであり、からだは有機的な要因であることを見るように祈る

召会はキリストのからだをその有機的な要因としています。キリストのからだがなければ、召会は命がなく、単なる人の組織にすぎません。召会とキリストのからだの違いは何でしょうか? 答えは次のようなものでした、「召会は地方的であり、キリストのからだは宇宙的であるというのは、間違いではありませんが、それはなおも表面的なものであり、組織の領域にあるものです。召会は外側の枠組みであり、からだはその本質的な内容です」。召会とからだの違いは、単に地方性や宇宙性の違いではなく、外側の枠組みの事柄です。わたしたちは毎日、地元の召会での生活を実行しています。それはただの枠組みですが、からだはその有機的な要因です。キリストのからだがなければ、召会には活気がなく、単なる組織になります(Ⅰコリント1:2、12:12-13、27)。

[2021年4月国際長老責任者訓練 メッセージ7 手話ノート]

 

Ⅰコリ1:2

コリントに在る神の召会へ、すなわち、キリスト・イエスの中で聖別された者たち、召された聖徒たち、それと共に、わたしたちの主イエス・キリストの御名を至る所で呼び求めているすべての者へ.彼は彼らのもの、またわたしたちのものです.

 

Ⅰコリ12:12

それは、体が一つであっても多くの肢体があり、体のすべての肢体が多くあっても一つの体であるように、キリストも同様だからです。

 

Ⅰコリ12:13

なぜなら、わたしたちはユダヤ人もギリシャ人も、奴隷も自由人も、みな一つ霊の中で、一つからだの中へとバプテスマされ、みな一つ霊を飲むようにされたからです。

 

Ⅰコリ12:27

今や、あなたがたはキリストのからだであり、そして各自は肢体なのです。

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