8月27日 日ごとのパン

dailyfood01 日ごとのパン

Ⅰコリント1:29-31, 30節のノート1, 2

「それはどんな肉も、神の御前に誇ることがないためです。しかし、あなたがたがキリスト・イエスの中にあるのは、神によるのです。このキリスト・イエスは、わたしたちに至る神からの知恵、すなわち、義と聖別と贖いとなられました。それは、『誇る者は、主の中で誇れ』と書かれているとおりです」。

わたしたち信者が新創造として、キリストの中にあり、キリストの中で持つものは、すべて神からであって、わたしたち自身からではありません。わたしたちをアダムからキリストへと移して、キリストの中に置かれたのは神です。キリストをわたしたちに知恵とされたのは神です。
キリストは、神の救いにおける三つの重要なものとして、神からわたしたちに知恵となられました。(一)義(わたしたちの過去のための)、それによって、わたしたちは神に義とされました。それは、わたしたちが霊において再生され、神聖な命を得るためです(ローマ五・十八)、(二)聖(わたしたちの現在のための)、それによって、わたしたちは魂において聖別されていきます。すなわち、わたしたちの思い、感情、意志において、彼の神聖な命によって造り変えられていきます(六・十九、二二)、(三)贖い(わたしたちの将来のための)、すなわち、わたしたちの体の贖いです(八・二三)。それによって、わたしたちは体において、彼の神聖な命によって変貌させられ、彼の栄光の様を持つようになります(ピリピ三・二一)。わたしたちがこのような完全無欠の救いにあずかり、わたしたちの全存在―霊、魂、体―をキリストと有機的に一つにし、キリストをわたしたちのすべてとさせるのは、神からです。これは完全に神によるのであって、わたしたち自身によるのではありません。それは、わたしたちが自分自身の中でではなく、神の中で誇り、神に栄光を帰すためです。

<抜粋>パンと魚

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