キリスト

とりなしの祈り

12日: 神聖な命の中で絶えず生きるように祈る

もしわたしたちが神聖な愛を経験し、享受し、その愛によって他の人を愛そうとするなら、神聖な命の中で絶えず生きることによって、神を経験的に知る必要があります(Ⅰヨハネ2:3-6.ピリピ3:10前半)。 Ⅰヨハネ2:3 もし、わたしたちが彼の戒め...
とりなしの祈り

10日: 神の愛に満たされるために祈る

神はご自身の愛を、わたしたちに与えられた聖霊と共にわたしたちの心の中に注ぎ(ローマ5:5)、わたしたちの内側の動機づける力とならせました。それは、わたしたちがすべての患難の中で勝ち得て余りがあるためです。神の愛は、わたしたちのために永遠に働...
とりなしの祈り

9日: 互いに愛し合うように祈る

主イエスはヨハネ第13章において、彼の弟子たちの足を洗って、彼らを極みまで愛していることを示した後(1節)、また同じことを互いに愛の中で行なうよう彼らに命じられました(14節)。それから彼は次のように言いました、「わたしは新しい戒めをあなた...
とりなしの祈り

8日: わたしたちが毎日、 新鮮で霊的な経験を持つように祈る

ですから、日ごとの足洗いは確かに、一方で主ご自身によって行なわれ、もう一方ですべての聖徒たちによって行なわれる必要があります。そのとき、わたしたちはすばらしい交わりを維持することができ、それをもって真の召会生活を持ちます。どうかわたしたちが...
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7日: 足洗いによって、召会生活が実際化されるように祈る

霊的な足洗いがなければ、召会生活は実際化されることができず、召会生活の実際はなくなります。他の人の足を洗うために、わたしたちは日ごとに聖霊で満たされ、絶えず主と交わり、ミングリングされた霊の中で生きなければなりません(エペソ5:18.3:1...
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6日: 自分の内側に言いようもない新鮮さ、力、養い、供給があるように祈る

言いようもない新鮮さ、力、養い、供給がわたしたちの内側になければなりません。人はわたしたちと一緒にいると、神を尋ね求めずにはいられなくなります。人はわたしたちと会い、わたしたちに語った結果、神を尋ね求めることを願うべきであり、彼らの霊的なエ...
とりなしの祈り

4日: 主の臨在の中にとどまるように祈る

わたしたちは洗いを経験するために、主の臨在の中で、またその霊と言葉と神聖な命とに満ちている聖徒たちと、時間を費やす必要があります(参照、マタイ6:6.使徒6:5, 8.Ⅱコリント1:15)。 マタイ6:6 あなたは祈るとき、自分の密室に入り...
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3日: 古さから救い出されるように祈る

これは、血によってわたしたちの罪を洗い去ること(1:9)ではありません。こういうわけで、ヨハネ第12章の後、第13章におけるそのようなしるしの必要があるのです。霊的な足洗いはわたしたちを、わたしたちと主との交わりにおける古さから救います(Ⅰ...
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2日: この世の汚れから洗われ、霊的な新鮮さが回復するように祈る

わたしたちの経験において、足の汚れは、この世との接触を通して神から分離するもの、また互いを分離するものを表徴します。足洗いは、霊的な新鮮さと活力の回復、わたしたちと主との、また互いの交わりの回復を表徴します(テトス3:5, エペソ5:26,...
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1日: 愛の中で足洗いを実行するために祈る

主が弟子たちの足を洗ったことは、彼らの汚れを洗い去って、彼らと主との、また互いの交わりが維持されることができるためでした(ヨハネ13:1, 14, 34)。 ヨハネ13:1 過越の祭りの前、イエスは、この世を去って父へと至る時が来たことを知...
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