10月12日 日ごとのパン

dailyfood01 日ごとのパン

マタイ11:25-27, 25節のノート2, 3, 27節のノート2

「その時、イエスは答えて言われた、「父よ、天と地の主よ、あなたをほめたたえます。あなたはこれらの事柄を知恵や学識のある者から隠して、幼子たちに啓示してくださいました。そうです、父よ、このようなことは、あなたの目に喜ばしいことであったからです。すべての事柄は、わたしの父からわたしに渡されています。父のほか、子を十分に知る者はなく、子と、子が父を啓示しようとする者のほか、父を十分に知る者はいません」。

主は、ほめたたえをもって、神のエコノミーを遂行する御父の道を承認されました。人々は主の務めに応答しないで、むしろ彼を誹謗し(マタイ十一・十六―十九)、おもな町々は彼を拒絶したのですが(二〇―二四節)、彼は御父のみこころを承認して父をほめたたえられました。主はご自分のわざの繁栄を求めず、御父のみこころを求めました。彼の満足と安息は、人の理解や歓迎にではなく、御父に知られることにありました(二六―二七節)。
主のほめたたえる言葉の中で、「父」は、御父と彼(御子)との関係を表し、「天と地の主」は、神と宇宙との関係を言っています。神の民が彼の敵に打ち負かされていた時、神は「天の神」と呼ばれました(エズラ五・十一―十二、ダニエル二・十八、三七)。しかし人が地上で神のために立っていた時、彼は「天地の主」と呼ばれました(創十四・十九、二二)。今、主は人の子として、御父を「天と地の主」と呼ばれました。それは、彼が神の益のために、地に立っておられたことを示します。
ここの「知る」は、完全な認識であって、単なる客観的な知識ではありません。御父だけが、御子に関するそのような認識を持っておられます。そして、御父に関しては、御子と御子が父を啓示しようとする者だけが、そのような認識を持っています。ですから、御子を知ることは、御父による啓示を必要とし(マタイ十六・十七)、御父を知ることは、御子による啓示を必要とします(ヨハネ十七・六、二六)。

<抜粋>パンと魚

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