とりなしの祈り

27日: 朝を主にささげるように祈る

朝、神に会うことは、一日の早いうちに彼に会うだけでなく、光に満ちた状態の中で神に会うことでもあります。わたしたちは独りで神の御前に出るべきであり、いかなる人、事、物にもわたしたちをそらさせたり、占有させたりすべきではありません(箴4:18....
とりなしの祈り

26日: 主との時間を費やすように祈る

わたしたちは十分な時間をもって祈る必要があります。それによってわたしたちは、すべてを含む地であるキリストの豊富をさらに多く吸収することができるようになります。わたしたちは時間を費やして主を吸収し、確実で有効な方法で彼と接触する必要があります...
とりなしの祈り

25日: 聖書を読むように祈る

日ごとに、わたしたちは神の書かれた言葉の中で、生ける言葉としてのキリストに来ることを実行する必要があります。それによって、彼はその霊の適用された言葉としてわたしたちに個人的に語ることができ、彼は以下の命の原則にしたがって、わたしたちの中へと...
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24日: 神の言を朗詠するように祈る

神の言葉を朗詠することは、それにとどまること、それを口ずさむ(思い巡らす)こと、それを享受することを含んでおり、それによって御言にさらに多くの機会を与えて、わたしたちに浸透させます。御言を歌い朗詠することは、わたしたちの霊を活用し、その霊の...
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23日: キリストの言を住まわせるように祈る

わたしたちは、主の言にわたしたちの中で第一位を得させ、わたしたちの中に住まわせる必要があります。それによって、わたしたちの中で活動し、キリストの豊富をわたしたちの存在の中へと供給する神の言の機能を、わたしたちは経験します。神の言は、わたした...
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22日: 甘い召会生活を持つように祈る

キリストの平安の裁定を通して、わたしたちの問題は解決され、聖徒たちの間の摩擦は消え去ります。そうすれば、召会生活は甘さの中に保たれ、新しい人が実際的に維持されます。キリストの平安が裁定するとは、キリストがわたしたちの中で働き、わたしたちの上...
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21日: 一と調和に注意を払うように祈る

いつであれわたしたちが、わたしたちの中の各当事者が口論したり争ったりしているのを感じる時は、キリストのつかさどる平安に地位を与え、この平安に、すなわち、新しい人の一に、わたしたちの中を支配させ、最終の言葉を語らせる必要があります。わたしたち...
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20日 真の召会生活のために キリストの平安にわたしたちの心を 裁定していただくように祈る

わたしたちは、キリストの平安にわたしたちの心の中で裁定させる必要があります。「裁定する」のギリシャ語は、「審判する」、「つかさどる」、あるいは「あらゆる事の支配者、決定者としての位に就く」と訳すこともできます。キリストの裁定する平安は、他の...
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19日: 主の御名の中で祈る

多くのクリスチャンは、信者たちが主の御名の中で祈る必要があるということを知りません。主の御名の中で祈ることが意味するのは、わたしたちが主との結合の中に生きており、わたしたちが主に結合されており、神がわたしたちを通して現されるようにするという...
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18日: 無益で腐敗した言葉を 語らないように祈る

腐敗した言をわたしたちの口から出すべきではなく、真実だけを語り、聞く人たちに恵みを与えるべきです。「人は自分が語るすべての無益な言葉について、裁きの日に言い開きをしなければならない」。無益な言葉は、活動していない言葉、効力のない言葉です。そ...
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