回復訳聖書

とりなしの祈り

20日: 務めの中で導く者たちにおける神の代理権威を見るように祈る

新約がわたしたちに見せているのは、務めの中で導く者たちにおける神の代理権威があり、この権威が建造のためであるということです。神の代理権威は、導く者たちの教えの中にありました。至る所のあらゆる召会で同じ事を教えることは、パウロの代理権威の証明...
とりなしの祈り

19日: リーダーシップに対する主の概念を持つように祈る

リーダーシップに対する主の概念は、天然の概念と反対です。神の民の間に、実は天然の意味におけるリーダーシップはありません。神の新約エコノミーにおいて、リーダーシップは奴隷の身分を意味します。リーダーになろうとする者はだれでも、進んで奴隷となら...
とりなしの祈り

17日: キリストの勝利に基づいて戦うように祈る

霊的戦いは、キリストの勝利に基づいています。霊的戦いの出発点は、キリストの勝利の上に立つことです。それは、キリストがすでに敵を打ち破ったことを見ることです。地上における召会の働きは、キリストの勝利を維持することです。主はすでに戦いに勝ち、召...
とりなしの祈り

16日: 霊的戦いに従事するために、命が円熟する者が起こされるように祈る

戦いがなければ、また戦いの霊がなければ、建造はありません。建造は過酷な戦いを必要とします。召会をキリストのからだとして建造するためには、霊的戦いが必要です。残念なことに、今日の召会の中で、命の弱さのゆえに、霊的強さに欠けるゆえに、真理の光が...
とりなしの祈り

15日: 一方の手で戦い、もう一方の手で建造することの意味を理解して、実行する者が起こされるように祈る

ユダヤ人は、彼らの神に祈り、ネヘミヤの指示と指揮の下で、日夜、敵に対して見張りを置きました。彼らは武器をもって戦う用意ができていました。なぜなら、ネヘミヤが彼らを励まし、大いなる畏るべき主を覚え、彼らの家族のために戦うようにと指示したからで...
とりなしの祈り

14日: 若者がこの時代の流行の教えから守られるように祈る

この時代の流行の教えは、わたしたちの今日の若者の耳や思いの中に、ほとんど強制的に入って来ます。教えは、邪悪な者である悪魔が用いるものです。わたしたちを得るために、彼はわたしたちの思いを得る必要があります。そしてわたしたちの思いを得る方法は、...
とりなしの祈り

12日: 各地の祈りの集会で、一般的な祈りではなく、王国の召会生活の建造のために祈る

わたしたちは「城壁を建て上げ」るネヘミヤの模範に内在的に従って、神の王国としての召会を建造する必要があります。それは神の家、神の住まいとしての召会を保護するためです。これらの日々、諸召会が各地の祈りの集会で祈り、聖徒たちが二人また三人で祈る...
とりなしの祈り

11日: 日本の回復においても、ネヘミヤのような人が起こされるように、そして知恵ある適切な案配の下で城壁の修復作業が進展するように祈る

ネヘミヤ記第2章9節から16節は、ネヘミヤのエルサレムへの行程と、エルサレムの都の城壁の状態についての彼の個人的な観察について語っています。彼は夜中に起き、他の数人と共に動物に乗りました(12節)。彼は自分がしていることを他のだれにも知って...
とりなしの祈り

10日: 家の召会生活で満足せずに、都の召会生活を建造するために祈る

この意味は、甘さと安息と享受のある召会生活を、わたしたちのホームとして持つだけでは十分ではないということです。神と人が共に住むことができる場所を持つことはすばらしいのですが、十分ではありません。そこには都がなければなりません。わたしたちは「...
とりなしの祈り

9日: 召されたり、命じられたりしていなくても、回復の現状を見て、自発的にささげて行動する人が起こされるように祈る

ネヘミヤは、彼の時代における神の時代の手段でした。彼は正しい進取性に満ちた人でした。わたしたちはエホバがネヘミヤを召したり、命じたりしたとは告げられていません。むしろ、エルサレムの城壁に関する非常に悩ませる悲しい知らせを聞いた時、ネヘミヤは...
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