主題 :
良き地によって予表される
すべてを含むキリストの上で労苦するのは、
キリストのからだとしての召会を建造するためであり、
王国の実際と実現のためであり、
主の来臨のために花嫁が用意を整えるためである
標語:
イスラエル人がカナンに入ることとカナンでの戦いとの意義を理解するために、わたしたちは、カ
ナンには予表において二重の意義があることを知る必要があります。 積極的な面で、豊富の地で
あるカナンが予表すあるのは、計り知れない豊富を伴う すべてを含むキリストです。消極的な面
で、カナンが表徴するのは、サタンの暗やみの王国の空中の部分、天上の部分、すなわち、サタンの勢力に満ちた天上です。
わたしたちは、良き地としてのキリストを完全に所有しようとするなら、不信仰という邪悪な心を持たないように気をつけなければなりません。 わたしたちは、わたしたちの信仰の霊を活用し、わたしたちの心を主に向け続け、心を尽くして彼の約束を信じ、 彼が彼の民と共におられることを信じ、またわたしたちが必ず打ち勝つことができると信じなければなりません。
イスラエルの民は神を礼拝するという目的のために、 良き地での労苦からの彼らの産物のある部分を取っておきました。 もしわたしたちがすべてを含むキリストの上で忠信に労苦するなら、わたしたちは産物としてのキリストの豊富を持ち、召会の中でキリストを展覧し、キリストの余剰を持って召会の集会にもたらし、霊と真実の中で神を団体的に礼拝します。
神の生きている言葉はわたしたちの存在の中を刺し通して、わたしたちの迷っている思いとさまよっている魂からわたしたちを救い出して、わたしたちの霊の中での安息日の安息であるキリストの中へともたらさなければなりません。わたしたちは、さまよっているわたしたちの魂の中でためらうべきではなく、魂を歪み、霊の中へと前進し、天のキリストにあずかり享受する必要があります。 それは、わたしたちが千年期において、彼が王として支配するとき、王国の安息にあずかることができるためです。


