7月15日 日ごとのパン

dailyfood01 日ごとのパン

へブル9:22-23, 22節のノート1, 23節のノート1, 2

「こうして、ほとんどすべての物は、律法にしたがって血できよめられます。血を流すことがなければ、赦しはありません。こういうわけで、天にあるものの模型は、これらによってきよめられる必要がありましたが、天のもの自体は、これらよりもまさったいけにえによって、きよめられなければならないのです」。

血を流すことがなければ、罪の赦しはありません。罪の赦しがなければ、契約が制定されるために神の義の要求が満たされる道はありません。しかし、キリストの血は罪の赦しのために流され、そして契約は彼の血をもって制定されました(マタイ二六・二八)。
幕屋とそれに属するすべての物は、やぎや雄牛の血が振りかけられ、きよめられました(ヘブル九・二一―二三)。それは、天のものが、それらよりもまさったいけにえ、すなわちキリストのいけにえの血によって、きよめられる必要があることの型です(七・二七、九・十四、二八、十・十、十二、十四)。天と、天にあるすべてのものは、サタンとサタンに従った堕落した天使たちが神に反逆した時、汚されました。ですから、天のものすべてはきよめられる必要がありました。キリストは天そのものに入られた時(九・二四)、ご自身の血をもって、このきよめを成し遂げられました。
キリストは生ける神の永遠の子であり、受肉して人の子となって、永遠の霊を通してご自身を神にささげられたので、彼のいけにえは、動物のものにまさっています。動物のいけにえは、決して罪を取り除くことができない影でしたが(十・十一)、彼のいけにえは実際のものであり、ただ一度で罪を取り除きました(九・二六)。こうして彼は、わたしたちのために永遠の贖いを獲得されたのです(十二節)。

<抜粋>パンと魚

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